オルタナティヴ・スペースとしてのNO−MA 障害のある人の作品は、アウトサイダー・アートとかアール・ブリュット(生の芸術)と呼ばれています。世界的にみれば、1920年代にはすでにそのような作品が注目を集め、高額で取り引きされるようにもなっていました。ヨーロッパやアメリカには、それを専門に展示する美術館や画廊も少なくありません。作品の収集や研究を行う専門機関もあります。 日本では、障害のある人の作品への関心が高まってきたのは、この10年くらいのことかと思います。そのため、日本にはアウトサイダー・アートを収集したり展示したりする施設は、まだほとんどありません。ですから、ボーダレス・アートギャラリーNO−MAには、どうしても過度の期待がかかってしまいがちです。でも、NO−MAにいきなりアウトサイダー・アートを専門とする欧米の美術館のような役割を求めるのは無理な話です。調査研究を行うにも専門家がいるわけではなく、収集を行うにも収蔵庫がないのですから。 もちろん長期的には調査研究や収集も進めてもらいたいのですが、現時点ではボーダレスというNO−MAの方向性に私は期待を寄せています。アウトサイダー・アートと現代アートが分け隔てなく展示されるような場所は、欧米にもあまりありません。欧米のアウトサイダー・アートは、あくまで美術の世界のアウトサイドにとどまることを目指しているからです。ですから、ボーダレスという視点こそがNO−MAのユニークなところで、今のところはそれを大切に育ててほしいと思います。 それともうひとつ、町屋を改築したスペースであるということも、NO−MAの大きな特徴だと思います。近年のアートシーンでは、オルタナティヴ・スペースと呼ばれる展示空間が注目を集めています。工場や廃校となった小学校など、美術とは無関係だった場所を利用した展示空間のことです。昭和初期の日本家屋を改築したNO−MAもまた、オルタナティヴ・スペースの一種といえるでしょう。 オルタナティヴ・スペースの特徴は、公的な美術館にありがちな権威主義から自由であるだけでなく、画廊の商業主義からも自由であるということです。その意味では、美術という制度のアウトサイドを志向しているともいえるわけで、既成の表現の枠組みを破壊するかのようなアウトサイダー・アートや現代アートにとって、オルタナティヴ・スペースは非常に相性がよいのです。 ただし、そのことは必ずしも展示がしやすいということとイコールではありません。むしろ、美術品の展示を前提としていないオルタナティヴ・スペースは、展示に特別な工夫や配慮が必要な空間でもあります。私のような公立美術館の学芸員にとって、畳敷きの和室で作品を展示する経験は多くありません。それは現代アートの作家でも同じことでしょう。美術家や展覧会企画者にとって、NO−MAは意欲をかき立てられる挑発的な空間なのです。NO−MAというオルタナティヴな空間が私たちに刺激を与え、そこから新しいインスピレーションが浮かんでくることもあります。今後は、そのような刺激を求めてNO−MAにやってくる人たちが増えればと思います。 オルタナティヴ・スペースのもうひとつの特徴は、その多くが一般の住宅地に隣接しているということです。そのため、美術館や画廊よりも地域の住民との距離が接近しています。オルタナティヴ・スペースを運営する主体や、そこで発表する美術家たちは、アートの愛好家だけでなく、その地域に関わっている人たちとも接することになります。NO−MAは、永原町をはじめとする八幡重要伝統的建造物群保存地区の住民の方々と、少しずつではありますが良好な関係を築きつつあるように感じます。そのことは、美術館や画廊にはないNO−MAの魅力であり、強みにもなります。このような利点を、ぜひ伸ばしていってもらいたいと思います。(2006.02.22)
服部 正(兵庫県立美術館学芸員)
オルタナティヴ・スペースとしてのNO−MA
障害のある人の作品は、アウトサイダー・アートとかアール・ブリュット(生の芸術)と呼ばれています。世界的にみれば、1920年代にはすでにそのような作品が注目を集め、高額で取り引きされるようにもなっていました。ヨーロッパやアメリカには、それを専門に展示する美術館や画廊も少なくありません。作品の収集や研究を行う専門機関もあります。
日本では、障害のある人の作品への関心が高まってきたのは、この10年くらいのことかと思います。そのため、日本にはアウトサイダー・アートを収集したり展示したりする施設は、まだほとんどありません。ですから、ボーダレス・アートギャラリーNO−MAには、どうしても過度の期待がかかってしまいがちです。でも、NO−MAにいきなりアウトサイダー・アートを専門とする欧米の美術館のような役割を求めるのは無理な話です。調査研究を行うにも専門家がいるわけではなく、収集を行うにも収蔵庫がないのですから。
もちろん長期的には調査研究や収集も進めてもらいたいのですが、現時点ではボーダレスというNO−MAの方向性に私は期待を寄せています。アウトサイダー・アートと現代アートが分け隔てなく展示されるような場所は、欧米にもあまりありません。欧米のアウトサイダー・アートは、あくまで美術の世界のアウトサイドにとどまることを目指しているからです。ですから、ボーダレスという視点こそがNO−MAのユニークなところで、今のところはそれを大切に育ててほしいと思います。
それともうひとつ、町屋を改築したスペースであるということも、NO−MAの大きな特徴だと思います。近年のアートシーンでは、オルタナティヴ・スペースと呼ばれる展示空間が注目を集めています。工場や廃校となった小学校など、美術とは無関係だった場所を利用した展示空間のことです。昭和初期の日本家屋を改築したNO−MAもまた、オルタナティヴ・スペースの一種といえるでしょう。
オルタナティヴ・スペースの特徴は、公的な美術館にありがちな権威主義から自由であるだけでなく、画廊の商業主義からも自由であるということです。その意味では、美術という制度のアウトサイドを志向しているともいえるわけで、既成の表現の枠組みを破壊するかのようなアウトサイダー・アートや現代アートにとって、オルタナティヴ・スペースは非常に相性がよいのです。
ただし、そのことは必ずしも展示がしやすいということとイコールではありません。むしろ、美術品の展示を前提としていないオルタナティヴ・スペースは、展示に特別な工夫や配慮が必要な空間でもあります。私のような公立美術館の学芸員にとって、畳敷きの和室で作品を展示する経験は多くありません。それは現代アートの作家でも同じことでしょう。美術家や展覧会企画者にとって、NO−MAは意欲をかき立てられる挑発的な空間なのです。NO−MAというオルタナティヴな空間が私たちに刺激を与え、そこから新しいインスピレーションが浮かんでくることもあります。今後は、そのような刺激を求めてNO−MAにやってくる人たちが増えればと思います。
オルタナティヴ・スペースのもうひとつの特徴は、その多くが一般の住宅地に隣接しているということです。そのため、美術館や画廊よりも地域の住民との距離が接近しています。オルタナティヴ・スペースを運営する主体や、そこで発表する美術家たちは、アートの愛好家だけでなく、その地域に関わっている人たちとも接することになります。NO−MAは、永原町をはじめとする八幡重要伝統的建造物群保存地区の住民の方々と、少しずつではありますが良好な関係を築きつつあるように感じます。そのことは、美術館や画廊にはないNO−MAの魅力であり、強みにもなります。このような利点を、ぜひ伸ばしていってもらいたいと思います。(2006.02.22)